7月16日(日)朝日新聞朝刊・天声人語

白球を追った10代のころ。失策をしては、なにがダメだったのかと自省したのを思い出す。
「負けは謙虚さと慎重さの母」(『負け方の極意』)。名将として知られた野村克也さんの言葉だ。
大事なのは負けた後。失敗をいかそうとすれば、ものごとに謙虚な姿勢で取り組むようになる

スポーツに限らない。政治や経済の世界でも、そうだろう。では刑事司法はどうか。
長期の身体拘束で、うその自白を強いる。過去の冤罪事件で問題になるたび、
捜査機関は再発を防ぐと誓ってきた

その「謙虚さ」を、どこに置いてきてしまったのか。大阪の男性が、
SNSで知人女性を脅したなどとして誤認逮捕された事件である。
無実の訴えは聞き入れられず、42日間も拘束された。
アリバイの確認が不十分だったという

男性が取り調べの様子を記したノートには、自白を迫るような言葉が並ぶ。
「暴力団組長は状況証拠で実刑判決になった。君も同じだ」
「100%犯人だと思っている」今もこんな調べが行われているのか、とぞっとする。

会社社長らが、軍事転用できる機器を許可なく輸出したとして起訴されながら、取り消された件も驚いた。
警察官が法廷で事件は「捏造」だったと証言したのだ。なぜ捜査を誤ったのか

野村さんは、失敗から学ぶには「恥を知ること」がスタートだ、とも書いている。
失策を「恥」と思わずに忘れてしまえば、反省しないからだ。
今度こそ捜査機関は恥じている。そう信じて、いいのだろうか。