7月16日 産経抄

中国の古典『管仲論』に「一国は一人を以(もっ)て興り、一人を以て滅ぶ」という言葉がある。国は一人の力により栄えもするし、衰亡もする。この訓戒が脳裏に浮かぶほど、凶弾に倒れた安倍晋三元首相は、日本の政界で大きな存在だった。いや、国際政治で、と言い換えるべきか。

▼「そのうちそちらに参りますので、その時はこれまで以上に冗談を言い合いながら、楽しく語り合えるのを楽しみにしています」。12日の安倍氏の葬儀で盟友、麻生太郎元首相はこんな弔辞を読んだ。連想するのは、安倍氏の再登板を実現させたある言葉である。

▼平成24年9月10日、麻生氏は福岡県の地元事務所で中村明彦県議と向き合っていた。同26日の自民党総裁選で谷垣禎一総裁を支持する考えだった麻生氏に、中村氏は問うた。「将来、政界を退いて誰かと思い出話でもしようという時、思い浮かぶ顔は誰ですか」。しばらく黙った後、麻生氏は「安倍で行く」と答えた。

▼官房長官として安倍政権を支えた菅義偉前首相は13日のBSフジ番組で、安倍氏搬送先の奈良県立医大病院に駆け付けた思いを語った。「寂しがり屋でもあったので。そばにいてやりたいという感じで、とにかく行ってみようと」。

▼ところが安倍氏の死後も、業績や人柄をおとしめ、罵声を浴びせる者がいる。彼らに次の言葉を贈る。「或(あ)る人間の高さを見ようと欲しない者は、それだけますます鋭くその人間のもつ下劣な点や前面に現れている点に眼(め)を向ける。―そして、そうすることによって自分自身を暴露する」(ニーチェ)。

▼岸田文雄首相は14日、「暴力に屈せず、民主主義を断固として守り抜く」と述べ、安倍氏の国葬を行うと表明した。言葉の暴力にも屈してはならない。