8月28日 コラム 産経抄

英国の宰相チャーチルは、玄人はだしの絵を描くことでも知られていた。

▼逸話がある。絵筆を一度も握ったことのない人が、美術展の審査員になった。「こんなことって、いいのでしょうか」。不審顔で尋ねる人に、チャーチルは答えたという。「私は卵を産んだことは一度もありません。それでも、卵の良し悪(あ)しはちゃんと分かります」。外山滋比古著『ユーモアのレッスン』から引いた。

▼鮮度は人の味覚を裏切らない。試しに、ある党の「新執行部」を賞味してみる。幹事長、政調会長、国対委員長…。「長」と名のつく要職に、ことごとく古株の経験者を据えた立憲民主党である。全党を挙げた「オール」の皮を1枚はげば、その顔ぶれは、新味に乏しい「オールド」だった。卵を産んだ経験がなくとも、鮮度の有無はすぐに分かる。

▼有権者が野党に求めているのは「味」の変化だろう。「1強多弱」の構図に緊張をもたらす対立軸としてのスパイスである。7月の参院選では、日本維新の会が立民を上回る比例票を集めた。きのう新代表に選ばれた馬場伸幸氏は自民や日本を「ピリッとさせる」という。次の総選挙で野党第一党となり、その後10年で「政権を取る」と鼻息が荒い。

▼わが国の安全保障環境が不安定の度を増す中で、顔ぶれも時代感覚もオールドな野党に多くは望めない。改憲や防衛費増額に前向きな維新の両肩は、それゆえ重い荷を負っている。自民の補完勢力で終わるのか、互換の利く政権政党の器なのか。舌の感度を鋭くした有権者は、掲げた政策と実行力の差を厳しく吟味するに違いない。

▼「凧(たこ)が高く上がるのは向かい風を受けているときだ」もチャーチルの言葉という。穏やかならぬ風雲の世、維新の浮沈はいかに。