8月30日 コラム 産経抄

昭和49(1974)年11月、大分県別府市内の港から乗用車が海に転落した。当時47歳だった夫だけが助かり、41歳の妻、12歳の長女と10歳の次女は亡くなった。夫は、妻と3カ月前に結婚したばかりだった。妻と連れ子姉妹の名義で総額3億円を超える生命保険に加入していた事実も判明する。

▼ワイドショーで「潔白」を訴えた夫は、テレビ局を出た直後に保険金殺人の疑いで逮捕される。1審、2審で死刑判決を受け、最高裁に上告中に病死する。長く東京都の監察医を務めた法医学者の上野正彦さんによれば、この事件が世間に与えた影響は大きく、悪質な保険金殺人が増えるきっかけにもなった(『死体の叫び』)

▼令和になっても「模倣犯」は絶えることはないのだろうか。大阪府高槻市の民家で昨年7月、住人の会社員、高井直子さん=当時(54)=が殺害された。事件は先週、大きく動いた。大阪府警は、養子の無職、高井(旧姓・松田)凜(りん)容疑者(28)を保険金目当ての殺人の疑いで逮捕した。

▼保険会社の元販売員の容疑者は昨年2月に養子となり、高井さんにかけられた約1億5千万円の生命保険の受取人になっていた。まだ支払われていないが、高井さんの預貯金など約1億円をすでに相続している。 ▼容疑者は逮捕前メディアの取材に対して、事件当日には東京にいたと、アリバイを強調していた。もっとも複数の防犯カメラは、容疑者によく似た男が女装するなど何度も変装して、高井さん宅に向かう姿をとらえている。「殺し屋を探している」とも周囲にもらしていた。

▼状況証拠が積み上がりつつあるなか、本人は黙秘したままだ。上野さんは、保険金がらみの完全犯罪など不可能、と強調していた。その言葉を信じたい。