9月1日 コラム 産経抄

旧ソ連の最初で最後の大統領であるゴルバチョフ氏は、政界引退後、頻繁に日本を訪れていた。平成13(2001)年には、「徹子の部屋」に出演して、2年前に67歳で亡くなったライサ夫人の思い出を語っている。

▼二人はモスクワ大学のダンスパーティーで出会った。ゴルバチョフ氏の一目ぼれだったという。政治家となってからは、外遊には常に夫人を伴う姿があった。最愛の妻の寿命を縮めたのは、1991年8月のクーデターだった。ゴルバチョフ氏はそう信じていたようだ。

▼当時クリミア半島の別荘に滞在していたゴルバチョフ大統領夫妻は、共産党守旧派により軟禁され、死の恐怖と闘いながら3日後に解放される。クーデターは失敗に終わったものの、ゴルバチョフ氏の権威は失墜する。一方、モスクワでクーデターへの徹底抗戦を国民に訴えたエリツィン氏はその後、ロシアのソ連脱退を進めていく。初代ロシア連邦大統領となったエリツィン氏の後継指名を受けて、権力を握ったのが、プーチン大統領である。

▼8月30日に91歳で亡くなったゴルバチョフ氏は、西側諸国にとっては、「ペレストロイカ」と呼ばれる政治改革を推進し、東西冷戦を終結に導いた英雄だった。一方ロシア国内では、ソ連を崩壊させた張本人として否定的な見方が強い。

▼米国の歴史家、トーブマン氏が首をかしげるのは、クーデター失敗直後の振る舞いである。モスクワの議会前には数千人が集まり、再び人気が高まった大統領の到着を待っていた。しかし本人は足を向けることなく、心身ともに衰弱した夫人を気遣い、自宅に連れ帰った(『ゴルバチョフ その人生と時代』)。

▼ウクライナ侵略に至る歴史が変わったかもしれない瞬間だった。