9月8日 コラム 産経抄

出版大手KADOKAWAの前身である角川書店は昭和20年に創業した。もともと俳句や短歌のイメージが強い。創業者の故角川源(げん)義(よし)氏と長男の春樹氏は俳人であり、歳時記も刊行してきた。角川短歌賞は、短歌界の芥川賞といわれる若手の登竜門である。俵万智さんもここから出た。

▼昭和50年代に青春時代を送った人なら、薬師丸ひろ子さんや原田知世さんの顔が思い浮かぶだろう。当時の社長、春樹氏が製作した映画は、『犬神家の一族』に始まって70本以上になる。大がかりな宣伝で映画をヒットさせ、原作の小説や映画音楽の売り上げも伸ばす。「角川商法」は、メディアミックス戦略の先駆けとなった。

▼コカイン密輸事件で逮捕された春樹氏に代わって、会社のかじ取りを任されたのが弟の歴彦(つぐひこ)氏だった。出版社の枠を超えてデジタル分野に進出し、ニコニコ動画で知られるIT企業ドワンゴとの経営統合も果たした。

▼何度も世間を騒がせながら、順調に業績を伸ばしてきた。今回ばかりはいただけない。東京五輪・パラリンピックをめぐる汚職事件で、元専務らが東京地検特捜部に逮捕された。大会スポンサーになるために、すでに逮捕されている大会組織委員会元理事の高橋治之容疑者側に約7600万円の賄賂を贈った疑いである。賄賂性を全面否定していた現会長の歴彦氏の自宅も捜索された。

▼「第二次世界大戦の敗北は、軍事力の敗北であった以上に、私たちの若い文化力の敗退であった」。角川文庫の巻末には、源義氏による文庫発刊の際の決意表明が記されている。読むたびに背筋を伸ばさずにはいられない。

▼この名文に、大金を積んでオリンピックに関わり箔(はく)を付けようとするさもしさは、まったくふさわしくない。