9月11日 コラム 産経抄

英国の人々が抱く対日感情には、終戦から長い春秋を経てもトゲ立つものが残っていた。平成10年に上皇ご夫妻(当時の天皇、皇后両陛下)が訪英なさった折、歓迎パレードの沿道では日の丸の小旗が焼かれ、元捕虜の人々が馬車列に背を向けた。

▼公式晩餐(ばんさん)会のもようを伝えた記事に、こうある。上皇さま「戦争により人々の受けた傷を思うとき、深い心の痛みを覚えます」。エリザベス女王「英国は、晴れの日(うわべ)だけでなく、本当の友人です」。先の大戦で砲火を交えた両国の仲を、丹念に縫い合わせてきた皇室と王室の交誼(こうぎ)である。

▼世界情勢が穏やかならぬ昨今、日英は女王の言そのままに、安全保障や経済で固く結び合っている。国家連合「コモンウェルス(英連邦)」では、各国首脳と関係を築く女王の仕事ぶりが「接合剤(セメント)」と呼ばれた。言い得て妙である。

▼わが国にとって恩も縁も浅からぬ女王の訃報が届いた。英国史上最長となる在位70年は、「国民への奉仕」という理想と、足元を脅かす現実の差に思い悩んだ月日ではなかったか。いまは、国民が無条件に王室を敬う時代でもない。

▼国民と王室をつなぐ「接合剤」の、腐心の跡だろう。1990年代に自発的に納税者となり、王室情報の開示にも踏み切った。家庭はしかし、息子夫婦の離婚や孫夫婦の王室離脱など理想から離れていく。最晩年まで職務に励んだ人の目に、母としての自身はどう映ったか。胸中は知るよしもない。

▼女王が息を引き取ったスコットランドのバルモラル城は、七十数年前に最愛のフィリップ殿下から求婚された地と聞く。訃報が流れた日、ロンドンの夕空には2つの虹がかかった。七色の橋を渡った先に、2人の安住の城があることをいまは願う。