9月15日 コラム 産経抄

ナチス・ドイツによるホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)の犠牲者は600万人にのぼるとされる。第二次世界大戦でドイツの敗勢がはっきりしてくると、連合軍は強制収容所を次々に解放していく。

▼出迎えたのは、骨と皮だけになった人たちだ。倉庫の中からは、大量の衣服や毛髪など犠牲者の遺品が見つかった。全世界が衝撃を受けたのはいうまでもない。では一般のドイツ人は、虐殺の事実を知っていたのか。

▼アウシュビッツ収容所からの生還者の一人であるイタリアの作家、プリーモ・レーヴィが、この疑問に答えている。厳しい情報統制が敷かれていたとはいえ、大多数のドイツ人は収容所の存在に気づいていた。しかし無知のままでいるのを望んだ。レーヴィは、この「意図的な怠慢こそが犯罪行為だ」と看破した(『これが人間か』竹山博英訳)。

▼ウクライナ軍が、ロシアの軍事侵略に対して反転攻勢に出ている。ゼレンスキー大統領は、東部と南部で計8千平方キロ以上の領土を奪還した、と述べた。物資を置き去りにしたまま撤退したロシア軍の士気は、かなり低下しているようだ。

▼一方、東部イジュムでは戦闘により千人以上の住民の命が失われた可能性がある。別の村では、拷問の疑いのある4人の遺体が見つかった。首都キーウ近郊のブチャで5カ月前、多数の住民が虐殺された忌まわしい記憶がよみがえる。

▼プーチン大統領は、侵略をウクライナの「非ナチ化」のためと正当化してきた。ロシア軍の蛮行の数々でその論理は完全に崩れ去った。ロシア国民は戦争犯罪の事実を知っているのか。インターネットの普及により、70年以上前に比べて情報の入手は容易である。「意図的な怠慢」をいつまで続けるのか。