9月16日 コラム 産経抄

医療用語の一つであるプラセボ(placebo)を日本語に訳すと偽薬になる。もっとも、否定的なニュアンスに違和感を覚える人がいる。薬やワクチンの開発に欠かせないからだ。

▼たとえば厚生労働省のホームページには、ファイザー社の新型コロナワクチンの臨床試験についてこんな記述がある。「ワクチンを接種する人とプラセボ(生理食塩水)を接種する人に分け…新型コロナウイルス感染症の発症がどの程度抑制されるか比較されました」。その結果、十分な有効率が確認されたというわけだ。

▼新型コロナワクチンの接種希望者に生理食塩水を注射していた。東京都北区のクリニックの院長(51)にこんな疑いが浮上している。もし事実なら、文字通り偽薬の投与である。医師として許される行為ではない。

▼小紙の取材に応じた60代の女性は、同居する高齢の母親にコロナを感染させるのを恐れて接種を受けた。ところが報道にあるような副反応がない。改めて抗体量を調べる検査を受けると、ほぼゼロだった。医師は反ワクチン思想を公言してきた。「それならば最初から接種を断ってほしかった」。女性の言い分はもっともである。

▼この医師はすでに詐欺などの容疑で、警視庁に逮捕されている。昨年、ワクチン接種をしていない札幌市の母子3人について、国のワクチン接種記録システムに虚偽登録し、接種委託料をだましとったとみられる。警視庁はクリニックに残っている約230人の接種記録について、調べを進めている。

▼藪(やぶ)医者の語源には諸説ある。もともと呪術で診療する「野巫(やぶ)」だったと説明する辞書が多い。英語に訳すとquack、いかさま師、いんちき野郎の意味もある。件(くだん)の医師には、こちらがふさわしい。