産經抄 8月27日

小泉純一郎首相(当時)の平成14年9月の初めての北朝鮮訪問直前、安倍晋三官房副長官が首相官邸で、絞り出すような声で漏らすのを聞いた。「小泉さんは、拉致の『ら』の字も分かっていない」。小泉氏は、拉致問題の重大性への理解が足りないというのだった。

▼その少し前、小泉氏は山崎拓幹事長ら自民党幹部との会合で予防線を張っていた。「拉致された人が帰ってくるような過度の期待をされても困る」。古川貞二郎官房副長官も、記者会見で強調した。「拉致問題で何人か帰ってくるということではない。それよりまず国交正常化に対する扉を開くことに大きな意義がある」

▼安倍氏は10年後の24年9月、小紙インタビューで当時を振り返る。「政府の何人かの主要な高官が『大義は日朝国交正常化であり、拉致問題はその障害にすぎない』と言っていた」。小泉訪朝3年前の11年8月には、朝日新聞が社説で「国交正常化交渉には、日本人拉致疑惑をはじめ、障害がいくつもある」と書いていた。

▼安倍氏が国会で初めて拉致問題の質問を行ったのは9年5月である。「少女をはじめ、政府が当然守らなければいけない人命と人権が侵害されてしまった。国家としての義務を放棄しているに等しい」。まだ拉致問題がほとんど顧みられない時代から取り組んできた。

▼日朝首脳会談当日の昼の休憩時間に、安倍氏が盗聴されていることを前提に「謝罪がないなら日朝平壌宣言の署名は見送り、席を立って帰国しましょう」と主張したエピソードは有名である。午後の会談で、金正日総書記は突如「拉致は遺憾なことだ」とおわびを表明した。

▼安倍氏がいなかったら拉致問題は棚上げのまま、政府は国交正常化に突き進んでいた。