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ジュニアが健在ならフジサンケイグループもここまでの凋落はなかったろう

鹿内 春雄(しかない はるお、1945年5月15日 - 1988年4月16日)
フジサンケイグループ元議長。

フジサンケイグループ初代議長である鹿内信隆の長男として生まれる。
1977年に産経新聞社取締役。1986年に代表取締役会長、フジサンケイ
グループ議長に就任。1985年にFCG構想を発表し、テレビ放送の高品位化、
産経新聞の紙面カラー化などメディア改革を行う。
父親である鹿内信隆が進めた「正論」路線は継承するものの、「行革」
キャンペーンは社会的に不人気と見るや路線変更し、代わって「夢工場」や
映画「ビルマの竪琴」「南極物語」など大衆に夢を売るキャンペーンに奔走
した。グループ議長在任中の1988年に43歳の若さで死去。
妻の美津子(頼近美津子)は元アナウンサー。