「台風の当たり年」という表現を、近頃はほとんど見かけない。同じ年に何個も上陸すると、うっかり使ってしまいそうだが、誤用という。「配慮に欠ける不適切な表現です」。NHK放送文化研究所はウェブサイトでぴしゃりと言い切っている。

▼「ミカンの当たり年」の用例が辞書にあり、豊年など縁起のよい年を指すのが正しい。災害に関する用語や表現は、東日本大震災を機に見直しが進んだ。被災した人々への配慮と、迅速にして正確な報道をどう両立させるか。メディアはいまも手探りを続けている。

▼気象予報にも同種の苦労がある。警報・注意報は雨風の予測に基づいて出すため、不確実性がつきまとう。「気象庁の警報は大まかで風物詩のようなもの」。かつて中央官庁の幹部が集う会議では、そんな皮肉も聞かれたという(永沢義嗣著『気象予報と防災』)

▼警報・注意報の確度を上げるため、気象状況をぎりぎりまで見極めるか。住民が避難行動を取れるよう、空振り覚悟で早めの発出に踏み切るか。災害予測の歴史とは、そのジレンマの積み重ねである。観測の精度が上がった昨今だが、それでも自然は予測を裏切る。

▼九州北部を中心に激しい雨が降り続き、気象庁は10日、福岡、大分両県に大雨特別警報を出した。「ただちに命を守る行動を」と最高レベルの警戒を呼び掛けたにもかかわらず、各地で土砂崩れや河川の氾濫が起こり犠牲者が出た。連絡が取れない人も多いという。

▼誤用を承知でいえば、防災上の「空振り」はむしろ前向きに受け止めたい。安否不明者の無事を祈りつつ、切に願う。「空振り」をいとわず、早め早めの避難と命を守る行動を。アンテナは高く、感度は鋭く。災害列島に暮らす者の鉄則だろう。