静岡県のリニア問題を長年追ってきた地元記者の小林一哉さんから、徳川家康と日本最古の西洋時計にまつわる興味深い話を聞いた 

 ▼約400年前、フィリピンからメキシコに向かっていたスペイン船が暴風雨のために現在の千葉県御宿町沖で座礁する。海岸に流れついた317人の乗組員は地元の人たちに救助された。すでに将軍職を退き大御所として駿府(静岡県)に移っていた家康は一行と面会する。海外貿易の活発化を熱望していた家康は彼らを手厚くもてなした

 ▼一行が帰国して1年後の1611年、スペイン国王フェリペ3世の派遣大使として探検家のビスカイノが日本に到着する。持参した家康への贈り物のひとつに時計があった。家康を祀(まつ)る久能山東照宮で大切に保管され、現在は国の重要文化財となっている。名誉宮司の落合偉(ひで)洲(くに)氏が国宝指定をめざすプロジェクトを立ち上げ、小林さんが手伝ってきた

 ▼いまだ宿願は果たされていないものの、価値の高さは大英博物館の専門家が太鼓判を押している。製造された16世紀からの部品が99%も残り、当時として最高の技巧がこらされている

 ▼ビスカイノが日本を離れて時を置かずに、家康は全国にキリスト教禁令を発布する。まず宣教師を送り込んでカトリックへの改宗を進めてから軍隊を送り込む。家康はビスカイノとの会見中にスペインの植民地化戦略に気づいて決意したのかもしれない。スペインと敵対する英国出身のアダムスが、家康の外交顧問だった影響もあるだろう

 ▼家康の洋時計は、いわば日本外交の大転換を象徴するお宝である。NHKの大河ドラマ「どうする家康」では、家康は生涯で何度も大きな決断を迫られる。果たして洋時計は登場するだろうか。