産経抄
8月2日 撫でし子
問題や課題があれば言ってほしい―。集まった女子選手たちに、川淵三郎さんはそう促した

 ▼いまから20年前、折しもサッカー女子W杯米国大会のさなかという。日本協会会長として激励に訪れたその人を前に、イレブンは言葉が出ない。やがて一人が遠慮がちに、ささやかな願いを口にした。「合宿に行く時、交通費の前借りができないでしょうか」と。初めて耳にする女子代表の窮状だった

 ▼「胸が締め付けられる思いでした」。経費の先払いを約束してその場を去ったと、川淵さんの自著にある(『キャプテン!』ベースボール・マガジン社)。待遇の改善、支援の充実、平成23年の「なでしこ」世界一。サッカー界を挙げてのてこ入れもむなしく、哀史はいまだ終わっていない。女子の人気は浮き沈みを繰り返し、国内リーグは不入りに泣く

 ▼だから、だろう。「なでしこ」たちの放つ一つ一つのシュートに、胸を揺さぶられる日が続いている。W杯1次リーグでは強豪のスペインを4―0で破るなどして、16強入りを果たした。チャーター機での現地入りや専属シェフの帯同は、初めての厚遇だという。男子より何周も遅れているものの、交通費の工面にさえ泣いた時代を思えば隔世の感がある

 ▼放映権料の高騰した今大会、日本女子の試合はわが国でテレビ中継されない恐れもあった。彼女たちの勇躍とはじける笑顔に、夢をもらった未来の「なでしこ」たちは多いだろう。開幕間際で手を挙げたNHKには、賛否の声が寄せられていると聞く。当方の浅慮を承知で言えば元は十分取れたように思える

 ▼撫(な)でるようにして大切に扱う子供―。「なでしこ」の語釈の一つとして辞書にある。選手を見守る目も、そうありたい。