>>584 (続き) (耕論「国のために死ぬ=道徳的?」)

遠藤美幸さん 神田外語大学・埼玉大学兼任講師   「生きたかった」のリアル

まず問題だと思ったのは、「高度の道徳的行為」という表現です。戦死者をたたえる、顕彰するという意味が含まれています。
命を捨てることが素晴らしい、というメッセージを発しています。戦死者を悼み、慰霊するのは当たり前の行為で、国がやるべき
ことです。しかし、顕彰することではありません。

顕彰は功績をたたえ、広く世に伝えること。戦死者を顕彰することは、戦死に対して精神的なよりどころ、礎を与えることで、
結局、戦争を準備することにつながっていくのです。

今回の発言は、戦場や戦争を知らない、浅慮なものだと感じています。戦争を理解することは並大抵のことではないからです。

私自身、戦争に詳しい人間ではありませんでした。ある偶然の出会いから、ビルマ(現ミャンマー)戦線を調べることになり、
20年以上前から元将兵らの聞き取りを始めました。戦友会の会合や慰霊祭にも参加してきました。証言のほか、日本軍や
連合軍の残した史料と照らし合わせながらようやく、戦場体験を理解できるようになりました。それでもまだ不十分です。
祖国のために命を捨てるのが道徳的、と簡単に言えるのはいかにも薄っぺらい。

(続く)