>>111 (続き)

1945年7月7日、ちょうど80年前の日の夕刻のことである。日本の兵隊は村に入り、尋問を始めた。
英軍を支援していないか。厳しく住民を問い詰めた。翌8日、1千人ほどの村民のうち、600人以上が虐殺された。
子どもも、老人も、女も男もいた。後に兵士たちは村に火を放った

英国による戦後の裁判の記録が、市史にある。被告となった大隊長らは、殺戮の事実を認めている。ただ、それは
一部の村民の敵対行為に対する「合法的な報復」だと主張した

(続く)