9月1日(月)朝日新聞朝刊・天声人語

沖縄出身の歴史家、比嘉春潮氏はその夜、寝入りばなを自警団にたたき起こされた。1923年、関東大震災の
数日後の東京である。「朝鮮人だろう」。いいや。「ことばが少しちがうぞ」。問答を繰り返すうちに、腰に刀を
さした男が怒鳴った。「面倒くさい。やっちまえ」

逃れた様子も含めて『沖縄の歳月』で振り返っている。比嘉氏は、まだしも幸運だった。震災で広がった流言を
信じた人々は、多くの朝鮮人や中国人に加えて日本人も殺傷した。千葉では秋田などの地方出身者が、東京では
ろう者が殺されている。その数は89人と当時の司法省はまとめている

言葉があやしい、態度がおかしいと線引きし、うむを言わせない。鉾を向けた先はちょっと異質とされた存在であり、
その典型が当時は朝鮮人だったのだろう。「不安」と「正義感」に駆られた群衆の恐ろしさである。では、いまは
どうか

(続く)