>>558 (続き)

 ――つまるところ治安維持法は、なぜ日本社会であれほどの猛威をふるったのでしょうか。

「猛威の震源にあったのは国体の存在だと思います。28年に共産党への大規模な検挙を実施
した際、当局は、天皇中心の国を壊そうとする『不逞の輩』がいたとする負のレッテル貼りをし、
新聞も扇動的に報じました。その結果、国体変革を図った者への最高刑はその年、死刑に
引きあげられています」

「拷問による取り調べの印象が強い治安維持法ですが、実は国内で特高警察に検挙されたうちの
約9割は、警察限りで放免となっていました。それでもその多くは『非国民だ』という排除の
まなざしを向けられて、退学や退職を迫られたり地域で白眼視されたりしています」

「つまり、権力による処罰とは別に、世間を舞台にした道義的・倫理的な観点からの
『社会的制裁』が機能していたのです。非国民との認定を受けた人を周囲の国民が誰に
命令をされたわけでもないのに排除していく。国体が生み出すこの魔力を、当時の
治安関係者は『強制的道徳律』と呼んで、効率的な治安管理に利用しました」

(続く)