車椅子アーティストらしい。
ttps://www.asahi.com/articles/DA3S16405862.html
「特別」なら許されるマイノリティー 寄稿・近藤銀河さん 2026年2月17日

■規範に従順な女性トップの姿、もの言う葛藤はどこへ
 高市早苗首相のSNSの投稿は衝撃的だった。彼女の夫のために公邸がバリアフリーに改装された、という報道を受け、その
事実を否定しつつ「仮に貴重な税金を使って改修工事をする必要があるのであれば、私達は公邸に引越ししませんでした」としていた。
 健常者に対して気を使い、マイノリティーが堂々と主張できるはずの――けれど主張すれば批判を浴びるような――権利を
引っ込める姿勢は、私の日常の中で選びたくないのに繰り返し浮かびあがってくる選択肢だった。それを政治のトップが口にしている。
 (以下、マイノリティであることのしんどさについて愚痴が続くので中略)

 荒れ野のような選挙が終わった。「特別な」マイノリティーは圧倒的な支持を受け、マイノリティーの葛藤に行き場はなく、いやそもそも
選挙の枠組みの中にさえ入っていなかった。同性婚を否定し、発達障害の存在を否定し、外国人を排斥する政治家たちに、無視され、
時に実態とかけ離れた戦いに引きずり出され、見世物にされただけだった。こうやって支持された政治家たちによって、法律が作られ、
政策が進められてゆく。私は葛藤しながら、悩みながら、つらいけど勇気を出して「マイノリティーの中のマイノリティー」になって、より一層
はみ出していくのだ。