4月18日(土)朝日新聞東京版朝刊オピニオン面・多事奏論

編集委員 原真人   最後のコラムで 「多事争論」の再生を願う

「多事争論」と言う言葉について考えている。本欄タイトルの元になったもので、もともとは
福沢諭吉が「文明論之概略」で自由の気風を表した言葉だ。

明治初期、開国で国家的危機に直面するかもしれず、それに備え国内が一致団結すべきだという
世論が強まっていた。だが福沢はまったく逆を説いた。多くの人が事を争うように論ずる。
それこそが国の選択を誤らぬための道だと。

1984年、「朝日ジャーナル」の編集長となった筑紫哲也がコラム名を「多事争論」と
したのも、福沢と同様の精神からだった。筑紫はこう書いている。

「ひとつの方向になだれを打つように動いていく私たちの社会の特性や、『安定政権』こそが
いま必要だと説くメディアが生まれる時代にあって『多事争論』はいまこと、もっと必要だ」

筑紫はその後、テレビキャスターに転じても看板コーナーにこの名を使った。

(続く)