8月14日

 没後25年となる歌手の三波春夫には、歴史研究家や論客としての顔もあった。とりわけ強い関心を払ったのが、北方領土の歴史的経緯だった。先の大戦では出征した満州でソ連軍と戦い、4年間のシベリア抑留を耐え抜いている。

▼過酷な体験を砥石(といし)とした筆鋒(ひっぽう)は、北方領土を語らせると実に鋭かった。「日本の要求は、四島の返還だけでよいのですか」。択捉島とウルップ島の間に国境を画した安政元(1855)年の日露通好条約を、領土問題の出発点とするのは歴史的に正しいのか。疑問を投げかけた。

▼千島列島全てを日本領とした千島・樺太交換条約(明治8年)こそ「正しい地図の出発」だ―。月刊誌『祖国と青年』の平成12年5月号にそう書いている。少なくとも北方四島について、われわれは三波と同じ熱量で憤らねばならないはずである。

▼終戦の日が迫る中、プーチン大統領が北方領土の択捉島に足を踏み入れた。第二次世界大戦の結果、北方領土がロシア領になったとの妄言も口にしている。4島の不法占拠は81年もの長きに及ぶ。ウクライナ侵略といい、暴挙をどれほど重ねれば自身の無礼に気がつくのだろう。

▼元島民の平均年齢は90歳を超えている。いまだに帰島のかなわぬ心境を思うと、ロシアへの非難の言葉が追いつかない。生きて再び故郷の土を踏むという当たり前の願いが、時間との戦いを強いられている。その現状が腹立たしく、悔しくもある。

▼三波といえば「お客さまは神様です」の名調子もあった。存命ならばと詮無いことを思う。他国の領土を悪びれることなく踏み荒らすプーチン氏に、音吐朗々と「何様のつもり?」とこき下ろしてくれように。いや、いまを預かる政治家がなすべき仕事だろう。