10月15日

 人生論であれ組織論であれ、「失敗」の検証はなじみ深い主題の一つだろう。ただし、欠かせぬ前提がある。「失敗から学ぶには、まず自分が失敗していることに気づくべきだ」。ふと手にした箴言(しんげん)集に、そんな言葉を見つけた。

▼沖縄・辺野古沖で同志社国際高の生徒が亡くなった抗議船転覆事故は、自らの誤りに気づかず、もしくは軽んじた大人たちの、怠慢による惨事だった。「船長との信頼関係で大丈夫だと…」。小さな船に押し込むように生徒たちを乗せた理由を問われ、前校長はそう述べていた。

▼波高い海に船を出した船長が、米軍普天間飛行場の移設に反対する活動家だったのは周知の通り。同高のいう「平和学習」は、大人の偏った政治的主張を若者に押し付ける方便に過ぎない。教員の同乗もなく、無責任ででたらめな学習の場だった。

▼京都府が同高への補助金減額を決めたのもうなずける。「反基地=平和」の安い図式を広げ、逆の見地もあることには目をつぶる。教育の名に値せず、失敗と呼ぶには罪深い大人たちの不作為の跡は、本紙取材班による新刊『偽りの「平和学習」』(産経新聞出版)に詳しい。

▼丹念な取材が浮き彫りにしたのは職責に背を向けた大人の姿だ。「反基地」が免罪符となるかのような沖縄の一部の風潮に、現場の記者は真っ向から挑み、事実を報じ続けてはね返した。報道機関の使命に徹した戦いの内実も知っていただけよう。

▼巻末にある沖縄八重山日報論説主幹、仲新城誠さんの言葉を引く。「反基地活動に甘かった『オール沖縄』県政、社会風潮、沖縄メディアの報道のあり方が今、問われている」と。前途が開けていたはずの、若者の犠牲によって。事故からあすで7カ月になる。