蒸し返すようだが、学術的かつ法律的には>>266が正解だな

江戸城の中では三河弁が使われ、それ以外の場所では主に京言葉が使われていたものの、統一的な言語は当時にはなく、
遠方の武士同士の婚姻や、重要人物同士の会談には通訳が必要な場合もあったそうだ(漢籍を読める知識人同士では漢文で会話していた)

明治になり、東京に集まった薩長土肥の官僚が使う方言が原因で意思疎通に欠き、組織運営や、教育の全国一律化にも支障が出ることから
東京の山の手言葉(べらんめえ口調の言葉)を中心に整備して、標準語化しようという政策が採られた
ちなみに、この時に皇室が使っていた京言葉が候補から排されたということは、薩長土肥の武士たちにとって天皇家など倒幕のための大義名分に過ぎなかった証拠でもあるわけだ

しかし、GHQがこの政策を中止させ、方言を重視する教育を推し進めたため、現在では「標準語」という概念と用語は国語学的にも法的には存在していない
ところが、東京が首都であり続けてきて、放送局が東京を中心に整備されたことによって戦前から便宜的に使われてきた「放送言語」は、東京の一方言となっていた元標準語だった

テレビ放送が広まるとともに、GHQの意に反する形でその一方言が列島中に流布されたため、これを「標準語」と誤認し、国によって認められた日本全国共通の言語だと信じている人がかなり多いわけだ
そういう意味で、>>267が根拠として提示した本を書いた著者は「知らない」か、わかりやすくするためにあえて誤用しているかのいずれかというわけだな


スレ汚しごめんよ