鬼怒川、小貝川は2000年前は今とは全く違う流路だった。

小貝川は、県境付近から現在の観音川の流路を流れて桜川を経て霞ヶ浦へ。
1000年前頃までには観音川の河床が上昇したため流路が変わって五行川と
合流するほぼ現在の流路になった。

鬼怒川は、下館付近から今の糸繰川を経て現小貝川の流路を流れていた。
その後流路が変わって平将門の乱の頃は川西村大曲流を経て下妻市南側を東流して小貝川に合流していた。
時代が下って下妻市から南流する流路となり寺畑村で現小貝川に合流。
そして江戸時代初期に利根川への放水路が切り開かれてほぼ現在の鬼怒川流路となる。

どちらも流路が変わるときはその都度破滅的大洪水があったものと推察される。