愚者の最も確かな証拠は、自説を固守して興奮することである。


最上の死は予め考えられなかった死である。


泣くことも一種の快楽である。


無知と無頓着こそは、よくつくられた頭脳を休めるのに、
なんとらくな、柔かい、健康的な枕であろうか。


生命の剥奪が不幸でないわけを悟りえた者にとっては、この世になんの不幸もない。


私たちは死の心配によって生を乱し、生の心配によって死を乱している。


私の理性は曲げられたり、折られたりするようには仕込まれてはいない。
そうされるのは、私の膝である。


私は農民を愛する。
というのは、彼らは曲がった判断をくだすほど学問を持っていないからだ。


臆病は残酷性の母である。


諸君は、生きれば生きるだけ諸君の生を減らす。
それだけ生の毀損になる。諸君が生命の不断の営みは、すなわち死の建設である。


賢者が愚者から学ぶことのほうが、愚者が賢者から学ぶことより多い。


身分にふさわしくない特性によって、人を称讃しようとするのは、
その特性自体は称讃すべきものであっても、やはり一種の侮辱である。


運命は理路整然である点において、
人間の知恵がおしたてた規則を見事に凌駕している。


食べているうちに食欲は起こるものだ。

モンテーニュ「随想録」