昔は、5年間とか10年間に論文を1つも出さずに研究を水面下で進めて、
うまくまとまったらそれをどーんと出してとやることができた。
俗にまったく新規の方法の計算プログラムをまっさらから作ると、
1日平均で約10行しかプログラムの行数が書けないといわれている。
(これはやり方がまだ確立していないので、作っては棄てたり、いろいろ
違うバリエーションを作って比較検討しながら進むから。やり口が文書化
されて挙動がよく知られている計算法やプログラムの場合の話ではない)。
1日平均10行なら、数万行のプログラムを書くのには3万行なら千日
つまり約3年程度はかかるし、10万行れべるなら10年かかるといった
ぐあいになる。さてそうやって良い計算方法が確立できたとして、それで
論文を書いて論文が公表されたとしても、それが世間、企業などで実用
的に使われるようになるのには、10年〜20年程度、普及に時間が掛かる。
そういった長期の時間スケールで科学計算の技法やプログラムは作られて
いるしいたのだが、任期3年だとか、実用性が理解できるように示せないと
予算が付かないのでは、こういった地道な作業はもうやってはいけない
ことになる。路頭に迷うことになるだけだからね。日本企業と同じような
時間スケールで評価とか研究の継続の判断をするのなら、大学が持つ企業
とは違った、直接営利との関係が見えない基礎研究が出来る、という利点は
潰されてしまったということになるだろう。どこに企業の研究所のような
論理で、金もって来ないと何も出来ないし、進められないようになって
しまう。金を持ってくるためには金を出す側が理解できる必要があるが、
出す側がやろうとしている側よりもその対象に対して理解が深いという
ことはまず無い。また外部への申請で評価を得た上でだけ予算が付くとすると、
その申請の過程で、やろうとしていることの内容を横取りされるリスクも高まる。
たとえば企業が秘密の基礎研究をするのに、外部資金を得るために、
外部にやることの目的やその内容、使う機材や試薬、期待できる応用や利点
などを公開して資金の提供を請うのならおろかであるように、やっていることを
3年間でも5年間でも10年間でも秘密にして説明なく進められないのなら
他を出し抜くことは期待しにくいだろう。