>ピタゴラスは、ピタゴラスの定理を考える際、なぜ直角三角形の斜辺を二乗し、それが他の二辺の二乗の和と等しいことに「意味がある」と考えたろう?
ピタゴラスは、ピタゴラスの定理を発見したのか?それとも創造したのか?

自己レスになるが、それを行うことで、別の応用の可能性を同時に発見(想像)していたからだな。
こうなると真理は、利便性を求めた結果の道具、となるが。

真理は客観か、それとも人類の主観(求め)か。

>>393
>地球が形作られる前から太陽は存在したんだから

そう認識したならそう。

>>398
>何もかもがプログラムだが、画像や動画を表示してプレイしてる時だけでなく、放置ゲームのようにゲーム内の時間が進むようにプログラム

でもこれはあくまで、個々プレーヤの想像力を制限できた場合だと思うな。

これを書いた意味は、人類はそのプログラムに変更を加えることを繰り返し行ってきたのなら?
この作用が意識(認識、科学的にでも宗教的にでも)により行われ、他者の意識(認識)に作用を及ぼすことで
一応の客観性(多数人の認識)というものを作りだしている可能性があるのではないか。

その場合のプログラムは、客観的なものか、集団的主観(集合的意識)なのか、そこに区別をつけることは不可能になる。
つまるところ、現実を認識する存在(例えば人類)がいなければ、その世界は存在していてもいなくても同じになる。
人類がいなくとも、何らかの生命がその後進化し、知的文明を築く可能性がある。これを意識の上にあげなければ。
手塚は、火の鳥未来編でやったが、人類と同じ運命を辿る(逆説的な人類肯定論)でしめたな。

ミジンコのがもっと上手くやるかも、そう考えると人類に制約ができる。