>>1の続き
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200103-03472520-saga-l41
潘氏は、九州国立博物館でダンワラ古墳出土鉄鏡を確認した上で
「金錯や銀錯が施される鏡は王宮関係に限られる。
この鏡は国宝級の貴重なものであり、公式なルートで日本に伝わったと考えられる」と述べた。

 「魏志倭人伝」は、景初3(239)年に卑弥呼の使いが魏の皇帝から「銅鏡百枚」を下賜されたと記している。
ダンワラ古墳の鏡は鉄製だが、潘氏は「倭人伝が『銅鏡』と表現したのは、鏡の総称として用いたのだろう。
そこに鉄鏡が含まれても不自然ではない」と解説した。
「魏の側からすれば、最高の品質の鉄鏡を贈ることで、倭に工業技術の高さを示そうとしたのだろう」と推測する。

潘氏は、九州国立博物館で開催中の特別展「三国志」のために来日し、
九州大学、東京国立博物館、九州国立博物館の研究者らとともに、
ダンワラ古墳出土鉄鏡と、曹操墓出土鉄鏡の共通点などを議論した。
二つの鉄鏡も直径が21センチと同一で、曹操墓の鉄鏡もX線調査の結果、金錯が確認できた。
研究者らは「いずれも2〜3世紀の中国において『御物』など最高級に位置付けられる
貴重な鏡である」という見方で一致した。

用語解説
金銀錯嵌珠龍文鉄鏡(きんぎんさくがんしゅりゅうもんてっきょう) 
1933(昭和8)年に鉄道の線路工事で見つかったとされ、出土状況の確実な情報はない。
考古学者の梅原末治氏が63年に発表、64年に国重文に指定された。