ブルボン王朝の頃の宮殿、貴族の館にはふんだんに噴水が作られていたが
ついにその水を便所に使おうとはしなかった

フランスだけじゃない
欧州は全部そうだった
水洗便所は古代都市にはあった。下水道も整備されていたが
ローマ帝国が崩壊して以降、それは受け継がれなかった

ウォータークロゼット(WCだが、今のイギリスではトイレットという)というように、水洗便所がやっと登場したのは
イギリス、1596年のこと。だがこのトイレはエリザベス1世・リッチモンド宮殿一つだけで
歴史の闇に消えた
その後再び水洗便所が登場するのは1775年イギリスまで待たなければならなかった

さて、その1772年のパリの状況を説明すると、パリはその頃でも便は道に捨てられていた
その汚物を「汲み取り人」が集めて街の3か所に捨てていた

パリで公衆便所が登場するのは、フランス革命後の19世紀第一帝政の頃である
やっとイギリス式水洗便所を輸入し(それをレニャルディエが改良はした)
パレ・ロワイヤルや各公園に設置していったのが初であった
が、実質的には穴が開いただけのボットン便所であり、工事現場の簡易トイレの方が遙かにマシなシロモノで
当時の薬剤師の記録で「胸をむかつかせずにそこに近付くのは、視覚と嗅覚に欠けた者でなければ
およそ不可能だ」と言われるほど汚く、臭かった
そしてパリ、1832年コレラが蔓延する

この汚らしい便所を改良する小委員会が開かれたのは、ようやく1835年のこと
これが歴史に残る便所「ピソティエール」の登場だ
しかしこれは「男性用立ション便器」であり、女性が使えるようなシロモノではなかった

しかも驚いたことに、やがてこのピソティエールは「(密閉空間を利用して)他ではできないような性行為をする場所」と
成り果てたのであった・・・

こんな欧州なんだから、糞尿の後に手を洗うという慣習が無かったのは当然だ

日本は早くから厠(古くは川屋という)が庶民の暮らしに普及していった
御手水場というように、便尿の後は手を洗う習慣もできていた

一方、欧州は食事の時だけ手を水に浸すだけ。これがフレンチレストランなどで出てくる
フィンガーボウルの習慣になったわけだが、王侯貴族でもそうだった