>>138
魏志倭人伝が含まれる三国志は宋代に2回出版されている。
南宋の紹興年間(1131〜1162)の「紹興本」と紹煕本年間(1190〜1194)の「紹煕本」だ。
先発の紹「興」本は邪馬「臺」国、
後発の紹「煕」本は邪馬「壹」国。
「壹」は音読みで古代中国語でitと発音し古典の四声で「入声」という発音のグループに属する。
倭人や日本人は発音の最後にp、t、kなどの子音がある閉音節は苦手で何らかの母音を付け足して
開音節化して発音する。だから「壹」はitの後ろにiを付け足してiti>イチと発音する。
倭人が魏の役人に自己紹介した時に女王国の都は「ヤマイチ」といったのならば書き取った魏の役人は
邪馬「壹」とは書かずに邪馬「已知」とか邪馬「以致」とでも書いたはず。
万葉集で「い」を表わすのに用いられた万葉仮名は
「伊、射、寐、已、以、移、異、去」
このうち「伊、已、以、移、異」の5字が漢字の音読みで意味を無視して「イ」と読む音仮名。
この五つの漢字は全部開音節=最後は母音なので「入声」という発音のグループに属さない
「射、寐、去」の3字が漢字の意味を意識した大和言葉による翻訳読みで訓仮名という。

「寐」は大和言葉で寝る意味する「い」。
   「真玉手(またまで)玉手さし枕(ま)き股長(ももなが)に「寐イ」をし寝(な)せ/古事記
  「伊弊於毛負等 「伊」乎祢受乎礼婆 多頭我奈久 安之弊毛美要受 波流乃可須美尓(万葉集巻20第4400番大伴家持)
   家思ふと 寐(い)を寝ず居れば 鶴が鳴く 葦辺(あしべ)も見えず 春の霞に 」
   「寐(い)を寝ず=寝るに寝られず」
「去」は「去る」という意味で「いぬ」と云う動詞の語幹「い」
多妣尓伊仁思 吉美志毛都藝氐 伊米尓美由 安我加多孤悲乃 思氣家礼婆可聞
旅(多妣)に去(伊)にし 君(吉美)しも継ぎて 夢(伊米)に見ゆ 我(安)が(我)片恋の 繁ければかも(万葉集巻17第3929番歌)
「吉」は客家方言でgit(ギッ ではなくキッという無気音)、広東語で[kɐt]、厦門(アモイ)方言でkit
日本の音読みではkitの最後に母音iを付け足してキチとか英語のkitならキットと読む
吉祥天の場合はキッショウテン、吉祥寺の場合はキチジョウジと音読みする
万葉仮名の場合はkitの最後のtを無視して開音節化してキと読んでいる。