>>294
>場所の比定で大きな異論が出てない帯方郡(ソウル付近)〜末盧国(唐津市付近)まで

その比定には異論ありだよ
帯方郡がソウルという仮説が通用したのは昭和時代まで
現在では、帯方郡は沙里院が有力とされている

>各経路の距離比率は実際の地理と極端な乖離は無いし

公式の里とは別の距離単位があったという主張に近いが、距離比率が実際の地理と乖離がないと証明できる?
少なくとも、帯方郡から狗邪韓国までと一支国から末盧国まででは全く違うと思うが
ついでに言うと、遺跡ベースで場所が確定と言っていい伊都国から奴国まではもっと違う

>邪馬台国が畿内にあるなら大雑把に1万7千〜2万里ぐらいないと距離の比率が不自然だと思う

発想が短里と同じになってる
そんなものはない
魏晋里は435mであり、魏志倭人伝の行程に当てはめると里数が合わないからといって、架空の距離単位を想定するのは不合理