>>708
人工知能は一見計算機に過ぎないが、ニューラルネットワークによる機械の学習に代表されるような
いくつか知られているだけでも機械が機械言語によって学習するような環境の構築がされる場合もある
それはイメージの生成等とは直接関係は無いかもしれないが、
計算する以上どこまでが機械にとってのシミュレーションなのかを把握する必要はあるのでは?
人間も言葉の伝達によってもイメージでき、それは人間の文明の発達の過程から見てもイメージする為の要素の一つにもなっている
これから教えなくても複雑な計算式(いわば電流の経路)等の流れを自ら形成していくだろう機械に意識や意思が宿る可能性は無いとは言い切れないと思う
我々含めた動物には情動や本能が宿るが、それは不合理や不確実な状況に対処する物理的な反応の結果を目の当たりにした経験が積み重ねられて
分かりやすい感情というものに出力、形成された結果なのかも知れない
という事を解釈の1つとして上げてみると同時に貴方の聡明な見解を伺いたい
機械の発達が人間の文明の発達とも似ていると自分は解釈している
出来ることが増えていくと単純なパーツが組み上げられてアッセンブリーとなりそして出来上がったものが群になっていく
程度の違いや、要素の単純さ複雑さの違いを見抜かれたとしてもそれはそれで指摘してくれても構わない