>>417ニュートン的な空間・時間と力が無しでも世界を記述できる理論は作れるはず
ニュートン自身はそういう身体感覚的な概念を仮定することで起きている現象を数学的に説明できるよ、っていう数学者として正しい立場から運動理論を組み立ててる
連続性についても同じで、ニュートンは微分の極限計算すなわち空間の無限分割が論理的に突き詰めると厳密な証明は成立しないことは分かってて、その上で「曲線の関数グラフを左右からきゅっと縮めてったら接線の傾きが分かるじゃん 感覚的にも分かるでしょ」ってやってるわけで
画像を引きからピクセル大まで拡大してく感覚や動画を元の速度からスローモーションにしていく感覚を数学的に表現している
時空や数の連続性や無限はある観測者中心のサイズ単位を1としたときの観測者の感覚的産物
自分の物理的感覚と数学的感覚の両方ともに無理のない表現を形にしてるだけで、数学的厳密性をねじ曲げようとはしてないし、命題や仮定に厳密性が無いものはそれを踏まえて論理を組み立ててる

相対性理論信者が時間・空間・エネルギー・時空の無限分割が無いと矛盾すると思ってるのは自分が土台にしてる物理学に矛盾ができるっていうだけで、19世紀の物理学者がエーテルの話してるのと一緒
相対性理論に合う観測結果が出ていて世界の何かを説明してるとは思うが、
数式こね回して勝手に定数にした光速度と勝手に定義した時間空間の連続性を神様みたいに絶対視しといて時空曲げといてそれが崩れると数学のほうを曲げるのか、とまず思っちゃう

だから連続性が成立しないから無理数がおかしい、てのは、数学の再定義でなくまず
まだ誰も見てない基本素粒子を1として、それを数えるような数学の当てはめ方を考えるべきじゃないかと
なのでミクロの素粒子理論に必要な数学は数論になってくる ガウスの素数分布定理で、ランダムで跳びとびの素数の出現が、引きで見ると関数曲線になってるように