多様性の仕組みには、選択されなかったものの必然的排除が備わっている。
 資源が有限である限り、選択されなかった要素を排除しないのは世界に対する裏切りである。
 低能がしばしば「多様性の存在」を売りにしてなにかを主張しているが、その低能どもは「選択されなかった要素に対して責任を持つ能力がない」。
 自分ができないことを、それを自分ができないことすら知らずに「多様性うんぬん」を叫び続けている。
 諸君。
「多様性うんぬん」を言っている馬鹿を相手にしてはいけないことを理解していただけたろうか。
 そういう馬鹿を排斥するのになんの後ろめたさも持つ必要はない。