日本語は、オーストロネシア語の影響を強く受けた縄文語を使っていたが、
西遼河あたりから追いやられて渡来した弥生人系の言語に取って代わられ、
古代の日本語が成立した。
西遼河文明の担い手は、日本語と琉球語と同祖語の日琉語を話していたと
推定される。
三国史記や地名の研究から、紀元前37年頃に建国され西暦668年に滅亡した
高句麗は、日琉語族の言語を使っていた蓋然性が高い。
また現在の黒龍江省西部・吉林省西部・遼寧省東部から朝鮮半島北東部にかけて、
北西から南東に伸びる帯状に存在したとされる古代民族に「濊(わい)と貊(はく)」
がいるが、濊貊(わいはく)は野蛮人ではなくは、12世紀近くまで朝鮮半島にわずか
に残っていた日本語族の言語を使う民族であった。
そのために言語が通じない野蛮人として迫害されていたと考えられる。
さらに朝鮮半島の日本海沿いには、もうすこし遅くまで倭人の末裔が漁労をして
生活していただろう。