これも

998 新規スレ立て人募集 社説+の募集スレまで[sage] 2023/06/03(土) 12:02:34.26 ID:ZaoBl4Ve0
古墳時代成立の鍵となるのは鉄ではなく威信財や祭祀
https://10mtv.jp/pc/content/detail.php?movie_id=3037

九州北部の鉄の量は尋常ではありませんでした。これは倭国乱後も変わりません。つまり、鉄の中心が
西から東に移るという現象は、観察されていないのです。戦乱前と同様に、九州北部の鉄の保有量は
圧倒的で、鉄をめぐる優位性は変わっていません。

それに対して、明らかに分布の中心が西から東に移るものがあります。それは、鏡です。鉄は、武器であり
農耕具であり、すなわち利器、実用品です。一方、鏡や玉は、それを持っているからといって戦いに勝てるわけで
はなく、土地の開発が進むわけでもありません。ただ、それを持っていることによって、自分の威信が高まります。
その意味で、「威信財」と呼ばれています。この威信財の中心は、西から東に移る傾向が見られています。

その移動を示しているのがこちらの図です。これは紀元前1世紀から紀元後の2世紀まで、中国で作られた鏡が
どのような状況で日本の遺跡から出土するかを示したものです。

九州北部では弥生時代にもらったものは、もらった人の墓にすぐに副葬するのですが、近畿ではそれが200年から
250年後に造られた古墳から出てくるようになります。つまり、近畿では副葬されるまでどこかで保管されていたのです。

卑弥呼が登場すると、三角縁神獣鏡という魏の鏡が大きな役割を持つようになり、全国の首長たちに
配られるようになります。つまり、当時の倭国の大部分の地域では、鏡を持つことが自分の地位の高さを
示す威信財として、非常に高く位置付けられていた、という段階にありました。

しかし、九州北部の王たちの間では、そうした段階は紀元前後にはすでに終わっており、より実用的な利器に価値を見いだす
という段階に入っていたのではないかと考えられます。つまり、当時の九州北部地方と近畿地...