>>55
>天文学 、錬金術などは化学となり

これって微妙なんだよなあ

元々は「神が作ったものであるから自然界には規則があるのではないか」
という事から始まって、ケプラーの法則なんて見つかったんだよな
あれって力学的なバックグラウンド一切なしでとにかくひたすら
データを計算しまくって見つけたんだよな

その後でニュートンがその法則を満たすような微分方程式を引っ張り出すのに成功したんだが

化学でも物理でも、自然現象において反応前後で何らかの保存量があるから
それを左右両辺において、そして数学の方程式と同様の処理をする事で
様々な量を求めることができる、というのは発想の原点としては
神は自然を支配する法則を作っているはずだ、というものだった

しかしキリスト教などの絶対神に基づくような自然哲学に基づいた学問を極めて
途中から自然科学として神の介在なしでどこまで自動的に自然は動き得るのかを極めた結果
出て来たのはむしろ東洋のような無常とか流転とかに近い解であった、とも言える
当然、多くの学者がキリスト教から異端扱いを受ける事にもなった

だが最初から東洋宗教哲学的な思想で自然を見ていたのでは、これまた自然現象を
数理的に処理できるという発想にすら到らなかったと思われる
固定すべき物理量と動かしてよい物理量をどれにするかというテクニックは
哲学分野に掛かると、このように世の東西の思想を結合するような壮大な話になってしまう