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見えない電磁場のゆりかご
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反物質の謎を解くためには、反物質を人工的に作り出し、手元に留めて精密に測定しなければならない。しかし、反物質は対消滅と呼ばれる現象を引き起こす強烈な特性を持つ。反物質が通常の物質と接触すると、双方は瞬時に消滅し、アインシュタインの相対性理論に従ってその質量のすべてが莫大なエネルギーへと変換される。物理的な壁を持つ容器に入れて保存することは、原理的に不可能である。壁に触れた瞬間に容器ごと消滅してしまうからだ。
物質で作られた容器に入れられない反物質を運ぶために開発されたのが、BASE-STEPと呼ばれる持ち運び可能な巨大装置である。反陽子を閉じ込める核心技術は、ペニングトラップと呼ばれるシステムを採用している。これは、超伝導磁石によって強力な磁場を発生させて粒子の横方向の動きを制限し、同時に電極から発生させる電場によって縦方向の動きを抑え込む仕組みである。何もない真空の空中に電磁場の落とし穴を作り出し、そこに反陽子を浮かせておくことで、装置の壁に触れる事態を完全に防いでいる。
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BASE-STEP (Credit: CERN)
これをトラックで輸送可能なシステムにするためには、高度な技術的障壁を越える必要があった。トラップ内部にわずかでも空気の分子が残っていれば、反陽子はそれに衝突して対消滅してしまう。トラップ内部はマイナス269度(約4ケルビン)という極低温環境に保たれ、浮遊するガス分子を壁面に凍りつかせることで、宇宙空間よりも過酷な真空状態を作り出している。超伝導磁石や極真空を維持するための冷却装置は、通常であれば大型の電源設備に接続されている。BASE-STEPは、内部に搭載した液体ヘリウムのタンクと無停電電源装置(UPS)、および内蔵バッテリーを活用し、外部からの電力供給やアクティブな冷却なしでも最大約4時間にわたって磁場と真空を自律的に維持できる設計となっている。
ペニングトラップ内部の観測機構にも、驚異的な工夫が凝らされている。目に見えない少数の反陽子の存在を確認するためには、光を当てたり物質を接触させたりする観測手法は採れない。そこで研究チームは、トラップ内の電極に接続された超伝導回路を用いて、反陽子が運動する際に生じる微小な画像電流を非破壊で検出する手法を用いている。通常この信号を解析するFFTスペクトラムアナライザは大型で消費電力も大きいが、今回の輸送用システムでは外部サウンドカードをベースにした小型の解析装置が独自に開発された。小型化された装置を用いることで、消費電力を大幅に抑えつつ、トラップ内の粒子数を示す「ディップ幅」と呼ばれる信号のくぼみをリアルタイムで監視し続ける設計思想が取り入れられた。
また、自律稼働モードにおける安全対策も徹底されている。定常運転時には1テスラの強さを持つ超伝導磁石の磁場は、輸送時には136ミリテスラにまで意図的に下げられる。磁場を弱めることで磁石内に蓄えられるエネルギーを減らし、トラックの揺れによって生じる渦電流を抑制する。同時に、超伝導状態が壊れる「クエンチ」と呼ばれる現象の発生リスクを大幅に下げる措置である。これらの複合的な技術の積み重ねが、宇宙空間よりも過酷な真空と極低温をトラックの荷台の上で維持するという離れ業を成立させている。