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//巨大原子の連なりで宇宙の極限を模倣する。量子シミュレータの最前線と構造的優位
数億光年の彼方で起きるかもしれない出来事を、数ミクロンの空間で再現する。この並外れた挑戦を可能にしたのは、「リュードベリ原子」と呼ばれる特殊な系である。通常の原子にレーザーで膨大なエネルギーを与えると、最外殻を回る電子は原子核から極端に離れた軌道を飛ぶようになる。直径が通常の何千倍にも膨れ上がったこの巨大な原子は、外部の電磁場や隣り合う原子に対して極めて敏感に反応する。
現在の量子技術の開発競争において、超伝導回路やトラップイオンといった多彩なハードウェアが覇権を争っている。GoogleやIBMが主導する超伝導回路は設計の自由度が高く計算速度に優れる反面、遠く離れた量子ビット同士の長距離相互作用を物理的に実装することには大きな壁がある。一方でトラップイオンは全結合的な相互作用を持つものの、粒子数が増えるにつれて局所的な制御の切り替えが複雑化し、スケールアップのハードルが高い。これらに対し、光ピンセットで一つ一つの原子を真空中の空間に固定し、レーザーで自在に状態を操作できるリュードベリ原子の配列は、数十から数百の粒子が織りなす多体量子ダイナミクスを観測する上で、現時点で群を抜く制御性と拡張性を有している。
Chaoの研究チームは、ルビジウム87原子を極低温の真空チャンバーの中で冷却し、光ピンセット技術を用いて16個から24個の均等な間隔でリング状に並べた。これらの巨大な原子は強いファンデルワールス力によって互いに反発し合うため、隣り合う原子のスピン(磁気的な性質)が「上向き」と「下向き」に交互に並ぶ状態に落ち着く。これは物理学で反強磁性秩序(ネール状態)と呼ばれる。「上・下・上・下」というパターンと、「下・上・下・上」というパターンは全く同じエネルギーを持ち、系は鏡合わせのような対称性を保って極めて安定している。
ここからが実験の核心だ。研究チームは、1014ナノメートルと830ナノメートルの波長を持つ制御レーザーを用いて、リング上の偶数番目の原子のみに意図的に干渉し、この対称性を強制的に破った。一方の交互パターンのエネルギー準位をわずかに押し上げ、もう一方を低く設定したのである。この人為的な操作により、高いエネルギー状態に取り残されたパターンを「偽真空」、低いエネルギー状態のパターンを「真真空」に見立て、宇宙論的な終焉のモデルを机の上に構築することに成功した。
実験で用いられたリュードベリ原子配列の模式図。リング状に配置された原子に対し、レーザーを用いて人為的に「偽真空」と「真真空」のエネルギー差を作り出し、真真空の泡(灰色の領域)が量子トンネル効果によって生成される様子を可視化している。 (Credit: Y.-X. Chao et al., Physical Review Letters (2026). DOI: 10.1103/kqzq-fnr4)