うつ病患者の脳では、新しい神経細胞の生成が“停滞”していた:研究結果
成人の脳でも海馬では新しい神経細胞が生まれ続けているが、うつ病患者ではこのプロセスが途中で止まっていることが、最新の研究で明らかになった。うつ病を分子レベルで定義し直す手がかりになるかもしれない。
2026.09.16
https://wired.jp/article/stalled-adult-hippocampal-neurogenesis-in-depression/
脳に存在する約1,000億個の神経細胞のほとんどは生まれる前にすでにつくられているが、成人になっても脳の一部では新しい神経細胞が少数ながら生成され続けている。この働きがうつ病を防ぐうえで重要な役割を果たしている可能性があることが、このほどコロンビア大学による最新の研究でわかった。
「歴史的にうつ病は、神経伝達物質のなかでもセロトニンの欠乏による病気だと考えられてきました」と、コロンビア大学教授で精神医学が専門のマウラ・デュポンは説明する。「しかし現在では、ストレスや環境の変化に神経細胞が適応する能力にかかわる複数の問題から生じるものだと考えられています」
デュポンらの研究チームが着目したのは、脳内でエピソード記憶や環境への感情的反応をつかさどる海馬という領域だ。海馬はうつ病と関連する唯一の領域ではないが、記憶と感情の両方に及ぼす影響の大きさから、重要な研究対象とされてきた。うつ病患者が自らの経験をより否定的に解釈しがちな傾向は、海馬に生じた変化と密接に関わっている可能性があると考えられている。
海馬は、似ているが異なる記憶を区別し、過去の記憶や現在の出来事の感情的な意味合いを切り分ける「パターン分離」という機能を担っている。パターン分離が正常に機能すれば、個々の記憶とそれに結びついた感情は明確に区別されるが、損なわれると別々の経験が混ざり合ってしまう。
実験用マウスを用いたこれまでの研究では、パターン分離が正常に機能するためには新たな神経細胞の生成が欠かせないことが示されている。また、海馬に放射線治療を受けて神経新生が低下したとみられる脳腫瘍患者を対象とした最近の研究は、同様の関連性がヒトの脳にも存在する可能性を示唆しているという。
約50万個の脳細胞を解析
研究チームは今回、うつ病患者11人と精神疾患のない対照者19人を対象に、死後まもなく採取された約50万個の脳細胞を解析した。個々の細胞ごとに遺伝子の活動を測定したほか、組織のどの位置でどの遺伝子が働いているかを見る解析、さらに別に実施したタンパク質の解析と重ね合わせることで、影響を受けた細胞が海馬の回路のどこに位置しているかを正確に特定したのだ。
解析の結果、うつ病患者の脳では神経新生の過程が途中で停滞していることが明らかになった。生成されたばかりの神経細胞は、新しい経験に対して敏感に反応することから、新たな記憶回路に組み込まれやすい。これがパターン分離の機能を高め、新しい記憶を古い記憶と切り離して保存する働きにかかわっているとみられる。
さらに、うつ病に関連する変化は神経新生だけにとどまらなかった。研究者たちによると、新しい神経細胞の形成はエピソード記憶とそれにひも付く感情的な意味を保存するより大きな海馬の回路のなかで機能しており、分子レベルの乱れはシステム全体に及んでいた。
影響を受けていた遺伝子には、神経細胞間の新たな結合の構築や、脳細胞間のコミュニケーション、細胞へのエネルギー供給、細胞内での物質輸送に関わるものが含まれていた。また、海馬が新たな感情的記憶を形成する主要な経路である「三シナプス回路」でも、炎症や細胞ストレスの兆候が確認されたという。