>>//92個の反陽子が残ったことを、粒子を失わずに確かめる
>>反陽子は、陽子と同じ質量を持ちながら負の電荷を持つ反粒子である。研究チームが開発したBASE-STEPは、電場と磁場を組み合わせる「ペニングトラップ」によって反陽子を閉じ込める。
>>磁場が横方向の運動を制限し、電場が磁場に沿った方向の運動を抑えることで、反陽子が装置の壁へ接触しないようにする仕組みだ。
>>ただし、壁との接触を防ぐだけでは長期間保存できない。装置内部に残った気体分子と衝突しても対消滅が起こるため、トラップ内部には極低温と非常に高い真空度が必要になる。
>>BASE-STEPは約4.3Kで動作する冷却系と超伝導磁石を備える。外部設備から切り離している間も、電極などには電池から電力を供給し、液体ヘリウムによって冷却を維持する。論文によると、装置全体の重量は約850kgに達する。わずか数十個の反陽子を保持するために、それだけ大規模な装置を移動させることになる。
>> 3月の走行時間は24分間だった。外部電源や冷却設備を切り離してから再接続するまで、装置は2.72時間にわたって自律運転した。
>>では、輸送後も92個の反陽子が残っていたことを、どのように確認したのか。
>>研究チームが利用したのは、反陽子の運動によって電極に誘起される微弱な「鏡像電流」である。超伝導回路を利用した検出器では、捕捉された粒子群との相互作用によって雑音スペクトルに小さなくぼみが現れる。このくぼみの幅は、条件をそろえれば粒子数に対応する。
>>研究チームは反陽子を分離し、単一粒子の信号まで校正することで、反陽子を消滅させることなく粒子数を追跡した。
>>輸送前後にそれぞれ24時間測定した結果、くぼみの幅は334.08(8)Hzと333.92(6)Hzだった。括弧内の数字は、末尾の桁に対応する不確かさを表す。
>>両者の差は0.16Hzである。一方、反陽子が1個失われた場合には3.633(16)Hzの変化が生じると見積もられている。観測された差はその10分の1以下であり、研究チームはこの結果から、道路輸送による粒子損失はなかったと判断した。
>>単に輸送後も何らかの信号が残っていたことを確認したのではなく、粒子数の変化を検出できる精度で輸送前後を比較した点が重要である。
>>ただし、走行中に常に安定した信号が得られたわけではない。輸送によって検出回路の共振周波数が変化し、取得したデータからくぼみの幅を算出できた区間は限られていた。帰還後には検出系の再調整も行われている。
>>そのため、走行中の監視だけではなく、輸送前後の長時間測定を組み合わせることで、粒子損失がなかったことを確認している。