>>54
少なくとも今日の法学が依拠する倫理学ではそうならざるをえないと思う。

結果が既知な物事について、理性ある主体が行うことにはそれなりの責任がともなう。
それに対して生み出される者は自らそれを行おうとして生み出されたわけじゃない。

つまり、生み出されたほうは他人の行為を被った被「害」者(害かどうかは異論があるかもしれないが)
という事実は動かしようがない。