個人的には、昔は誰とでもツイッター上で適当な文字を打ち込み誰かと交流をしたり、何かの情報を気軽に得られるような感覚で、そこまで相手のことを知らなくても関わっていられたが...
今や人間の持つありとあらゆるマジョリティ、マイノリティ、偏見差別悪意表現が前面に浮き出ていて、とてもじゃないがフォローしてまで他人の情報を追うことや関わり合いを持ちたいと感じる人間は居なくなってしまった。ってのが率直な気持ち。
分かりやすく言うと、いろんな物事について議論、論評、批評をする人間が増え過ぎている。温厚で気軽に話す事ができた人間も毒づくようになったり、棘ある事をツイッターでは書いたりしないマトモな人だと思っていた人間も、関心が有った人間たちのキャラも崩壊。先鋭的になり攻撃的な言葉を他人に放つ。炎上する話題に便乗して叩いたり他人を複数人で弾圧するようになっていた。
フォロワーが増え影響力を持つと、周囲に悪意の強い者も付き同調し群れる。そして何かと触れるものを批判するようになり、誇張した表現を用いて他人を攻撃し粋がったり、他人を貶したり、貶めることを喜び愚痴や文句をリプし合う垢達へと変わった。
横柄な投稿をするようになった者達と自身の価値観のズレが大きくなり過ぎて、嫌悪感が強くなり気持ちのすれ違いもいつしか起こりやすくなっていた。
自分が求めていた平和的な交流、趣味を通じ知り合えた仲間や友達への関心が薄くなっていくと感じ、私自身も他人を攻撃することで気持ちよくなってしまうのではないかと、加担しようとは到底思えないから辞めた。
誰かの悪口や文句ひとつでも文字を打って自身の気持ちや思想を見せていないと煽られたり攻撃対象とされる。あーだこーだ同じように言ってないとお前は気に入らないと村八分にされる感覚と表現するのが分かりやすい。
優しい人も優しい投稿をやめ、誰かを傷付けるような発言をするようになり、他人と意見や価値観が合わなければ攻撃することを求められるのか?〜のような空間に変貌していた。なんだかなぁ...。それは正しいのか?とも感じたが、他人は変えられない。人間が意識する正義感も、暴走すると悪意でしかなく、ダークトライアドの精神を持つ者の行動というのは、やはり止められない。人間の心理的な部分をよく知ることができたよ。
信頼を寄せる良い仲間だと思っていたような人がいつの間にか人の悪意に影響を受け露悪趣味に染まり、手のひら返して敵意を向けてこられた事があったが、それが辞める決定打だった。 やはり長くあの空間に居ると圧があった。良い意味悪い意味で、影響が物凄い。
今の世の中の動きを知ろうとする度に、二度と触らない!!〜と思っても気になって見てしまいそうにはなる。これがおかしい。ダークウェブ化しているのにね。