GADOROは元は名の知れた実力者ではなく、ラッパーとしての限界を悟る。

自分なりにラップへの恩をかえそうと考え「感謝の"レペゼンクソ田舎10000回"」を始める。
最初はレペゼンクソ田舎10000回に2日以上かかっていたこの課題が数年かけて1時間にまで圧縮。
齢25を超えてようやく自らに眠っていた才能が開花したのである。

"代わりにマイクチェックの時間が増えた"。

山を降りる頃には音を置き去りにする程のレペゼンを可能にし、とある大阪出身横浜在住のホームレスに感動の涙を流させ弟子にしてほしいと頼まれるほどとなった。