その後どうなったか。そして、この後どうなるか。どうするか。

▼まず産経新聞です。
 自由民主党のなかで、ぼくが特定のグループに属しているかのような誤った図表が紙面に掲載された件で、問題の記事が出た当日に抗議し、訂正を申し入れたことは前に、この地味ブログに記しました。
 産経新聞は、ぼく自身にも議員会館の青山繁晴事務所 ( すなわち公設秘書陣 ) にも、全く取材や確認がなかったことを率直に認め、あらためてインタビューし、それを記事にしたいと申し入れがありました。
 ぼくもそれを受け容れ、インタビューを受けました。
 まもなくインタビュー記事が掲載される見通しです。

▼ノンフィクション分野のささやかな連載エッセイ「澄哲録片片」 ( ちょうてつろく・へんぺん ) について、「月刊Hanada」の広告に連載の記載がなく、
複数の読者から「青山さんの連載を読むために定期購読をしているのに、どうなっているのでしょうか」という趣旨の問い合わせが相次いだ件は、
担当の誠実な編集者から「当誌にとって初めての追広告なので間違いが生じたと思われます」という説明を受けました。
 追広告、つまり既発売の8月号の再広告であり、9月号の広告ではありませんでした。
 この点はぼくも勘違いをしていましたので、ブログの読者にお詫びします。
 そのうえで、この地味ブログにて「連載を続けるかどうかはまた考えます。なお、産経新聞の誤報問題とは違って、どのような広告にするかは全くもって版元の自由裁量です。
同時に、限られた時間のなかで書く場を、どう選ぶかは著者の自由裁量です」と記したことに対して、
たったおひとりではありますが「広告に載せなかったことへの報復のつもりか」という趣旨 ( 原文の通りではありません ) で非難される書き込みをされたひとがいます。
 常々、申していますが、ネット上での激した反応は、そのひとご自身の潜在的な考え方、あるいは生き方が実は反映されていることが多いと考えます。
 不肖ぼくは、子どもの頃から今に至るまで、ただの一度も報復とか意趣返し、復讐といったことは考えたこともなければ、実行したこともありませぬ。
 いい悪いを言っているのではありません。たまたま、そういう性格に生まれついただけのことです。
 世には、報復も意趣返しも復讐も当然あります。たとえば世界経済は今、報復関税が花盛りですし、非道な犯罪で理不尽な目に遭った被害者や、その家族らが報復感情を持つのはむしろ断固支持します。
 ぼくにも理不尽なことは起きます。
 さらには違法な名誉毀損などの犯罪行為も起きます。特に国会に出てからは多くなりました。その不正義を糺(ただ)すこと、指摘すべきを指摘することは行います。
 しかしなぜか、報復、意趣返し、復讐という意図は念頭になく、そうした感情もありません。格好をつけて言っているのではありません。単に、性格です。