キリストと吉田松陰

時代もジャンルもまるで異なるが、この2人に共通点が一つある、と思う。
それは、自らの死をもって自らの思想を強烈に推進したことである。
キリストが磔になっていなければ、キリスト教は今日の様に普及していなかったと思うし、松蔭も自らが幕府に殺されることによって、長州藩の志士達を奮起させようとしたのではないか、と思われる節も多々ある。


もう一つの辞世の句
こちらは漢詩。処刑場に引き出されるときに大声で叫んだという。

吾今為国死  吾、今、国の為に死す
死不負君親  死して君親にそむかず
悠悠天地事  悠々たり天地のこと
鑑照在明神  鑑照明神に在り

私はこれから国のために死ぬが、主君や両親に対して恥ずべきことは何もない。
今となっては全ての事を悠々とした気持ちで受け入れている。
私の忠誠の心は神がご存じです。