自分でもなぜあんな嘘をついたのかわからない。
ただ、能天気な彼女に現実を突きつけてやりたかったのかもしれない。あるいは、彼女でないとなとりさんを笑顔にすることはできないと私自身が気付いていたからかもしれない。

投げやりになって放心する私をよそに、スマートフォンは着信を知らせるために震えていた。
もちさん──今は花音だったか──からの着信履歴が通知欄に並んでいる。
五回目の着信でようやく私は電話に出る。


「あの、いくみさん! なとりんが自殺したってどういう……」


「あれ、嘘です。病院の場所はLINEで送りますから」


追求を避けるように必要なことだけ伝えて電話を切る。
彼女は何か言いたげだったが、焦りの混じった涙声を聞いているとどうにかなりそうだった。

私はなとりさんの自殺未遂を知っても、涙一つでなかったのに。


彼女が息を切らして病室へやってきたのはそれから一時間後のことだった。
小綺麗な少女然とした普段の姿とは打って変わって髪はぼさぼさでどこに引っかけたのか腕にはかすり傷が出来ていた。
だがまるで病人のように青ざめたその顔も、なとりさんが視界に入った途端安堵の色で塗り替えられる。


「なとりん、ほんとにごめんね……いっぱい傷つけたよね……」


安心したと思ったら今度は懺悔を始めて涙を零す。めまぐるしく変わるその表情を見て、生きた尸の様だったなとりさんがゆっくりとその手を伸ばし、彼女の涙を拭う。


「……泣かないでください。少し、すれ違ってしまっただけなんですから」


長らく会えなかった恋人同士が、離れ離れになっていた時間を取り戻すかのように。二人は抱擁を交わしお互いの背中をさすりながら耳元で語らった。
まるで安っぽいメロドラマみたいな光景だ。

私が連日通い詰めても取り戻すことの出来なかったなとりさんの笑顔を、この子はたった一瞬で手に入れてしまったのだ。

────ずるい。

私の人生は空虚で中途半端だった。誰かにとって特別な存在になれたことなんて一度もない。
なとりさんの心の隙間を埋めることができれば私も特別になれるのかもしれない。
そんな賭けはどうやら失敗に終わったようだ。


「……いくみさんも、本当にありがとうございました」

──もちさんと会わせてくれて、と言葉が続く。

久しぶりに聞いた彼女の言葉は、私がまた特別になれなかったと言うわかり切った現実を叩きつけるものだった。

私がどれだけ尽くしても、彼女を傷つけた張本人にすら及ばなかったのだ。
その時、私の中で何かがプツっと切れてしまった。

──なら、最愛の人でなくていい。

私はテーブルに置かれたフルーツナイフに手を伸ばす。
そして────