高田健志『山月記』

健志は、しかし、供廻の多勢なのをはばみ、駅吏の言葉を斥けて、出発した。
残月の光をたよりに林中の草地を通って行った時、果して一匹の猛虎がくさむらの中から躍り出た。
(中略)
驚懼の中にも、彼は咄嗟に思いあたって、叫んだ。「その声は、我が友、うんこちゃんではないか?」
くさむらの中からは、暫く返辞が無かった。しのび泣きかと思われる微かな声が時々洩れるばかりである。
ややあって、低い声が答えた。「如何にも自分はニコ生の加藤純一である」
(中略)
「何故なぜこんな運命になったか判らぬと、先刻は言ったが、しかし、考えように依れば、思い当ることが全然ないでもない。加藤純一であった時、己は努めて人との交りを避けた。
人々は己を倨傲だ、尊大だといった。実は、それが殆ほとんど羞恥心に近いものであることを、人々は知らなかった。
勿論、曾てのゲーム配信の鬼才といわれた自分に、自尊心が無かったとは云わない。しかし、それは臆病な自尊心とでもいうべきものであった。
己はタレントによって名を成そうと思いながら、進んで師に就いたり、求めて芸能人と切磋琢磨に努めたりすることをしなかった。
かといって、又、己は俗物の間に伍することも潔しとしなかった。共に、我が臆病な自尊心と、尊大な羞恥心との所為である。」