🎹井戸端会議 (1)
福「🐰居る?」「ノ◯ノ来てないかな?」
ノ「福◯郎さん、今日は荒れ荒れだったね。最後の方は見てた」
福「ノ◯ノ私も見ていた、最後に入った」
福「ノ◯ノ🐰🍓来てないわ😭」
ノ「福◯郎さん、う◯ぎさん🐰どーしたんだろ?
忙しいのかな?」
福「ノ◯ノ🐰はもう来ないかも、」
🍓「こんばんは💖」
ノ「福◯郎さん、なんで⁉😭福◯郎&🐰の
掛け合いトーク見たいよ〜」
🍓「福◯郎さん、ノ◯ノちゃん、こんばんは☺」
福「ノ◯ノ🐰は気づいたのかも😭私も会いたいよ🐰に😭」
ノ「い◯ご🍓❤」
福「ノ◯ノ涙が出て来てしまう、🐰さん、😭」
🍓「🐰さん体調、崩してるのかな?」
ノ「福◯郎さん、悲しいね😭」
福「ノ◯ノ私🐰さんにあってみたかったわ、」
ノ「福◯郎さん、私も〜😭」

🎹井戸端会議 (2)
ノ「福◯郎さん、🍓さん、ごめんなさい💦 (中略)
おやすみなさい💤またね」
溝口◯こ「ノ◯ノさん、おやすみなさい。そしてお疲れ様」
福「ノ◯ノまたね〜」
ノ「か◯さん、福◯郎さん、❤」

🎹井戸端会議 (3)
福「の◯みさん、溝◯かこちゃん、またね〜」

ここまで読んでみて、何かお気付きだろうか?
(1) 「🐰は気づいたのかも」→ 何に?
(2)🍓がいつの間にか消えてました。
かわりに◯口かこという人がご挨拶。誰?
(3)の◯みさんって誰?

因みに、おかしな会話をしていたのはこの方達だけじゃなく、
◯希という人が不自然な日本語でコメントを。その一例が、
「平壌で🎹兄さんとここの皆と会いたいな、」です。
日本人は実兄義兄以外の面識の無い男性を兄さんと呼ばない。
日本人の常識では、文の終わりは句点なのになぜ読点?
これは福◯郎にも言える。美らも句点と読点の使い方が変。
今日の円やか父さんの暗号といい…。

皆さんはどう思いますか?