青春が幕を閉じる直前、小さな桜が微笑みかける。
僕の高校生活は、この桜――楠栞桜から始まった。
いつもの日常。だけど、特別な時間。
殆ど何もできなかったけれど、ただ、傍にいるだけで嬉しかった。
二度と逢えないワケじゃないのに、離れてしまうという事実が心苦しい。
だけど、この想いは伝えるべきではないのだろう。胸に秘めるべきなのだろう。夏の思い出と、彼女への願いとして――



楠坂高校は多数のプロ野球選手を輩出した名門だ。監督が新しくなってから数年で飛躍的に伸びているらしい。
一体どんな人が指導しているのだろう。期待と少しの緊張に胸を躍らせながら、僕はグラウンドに入った。
そこに立っていたのは、噂に聞く辣腕からは想像できない人物だった。
「んー? なんだい、ちみは」
鈴を転がすような声。少女と見まがう程に小柄の女性。この方が楠坂高校野球部監督、楠栞桜その人だ。
「まさか、入部希望者?」
顔がいい彼女は、小首を傾げて問いかける。
この時の僕は何を考えていたのだろう。未来の我が栄光か、それとも――
いずれにせよ、僕は部に入ると決めていただろう。だけど、頷いたのは本当にそれが理由だったのだろうか。
「うむ、これからよろしく」
彼女の表情がぱっと華やぐ。今日から僕は楠坂の野球部員だ。指導を受けるのがとても楽しみになった。